退職で引き継ぎをしないと賠償されるか
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この記事の見出し(10)
「引き継ぎをせずに辞めたら訴えられるのではないか」
辞めると決めた後で、これが気になる人は多くいます。条文を並べると、何が起きて何が起きないかがはっきりします。
引き継ぎそのものを命じる条文は無い(労働契約法3条4項)
まず、引き継ぎを義務づける条文はありません。関係してくるのは労働契約法の一般的な定めです。
労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
「信義に従い誠実に」という書き方です。引き継ぎという言葉は出てきませんが、在職中は誠実に働く関係にあることを示しています。
つまり引き継ぎは、この誠実さの一部として扱われます。在職している間の話であって、辞めた後まで義務が続くものではありません。

就業規則には書かれていることが多い(労働基準法89条3号)
一方、就業規則には引き継ぎの定めが置かれていることがあります。労働基準法が、就業規則に必ず記載する事項としてこう挙げているためです。
退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
退職の手続きは、必ず記載する事項に入っています。だから「退職時は後任者に業務を引き継ぐこと」と書かれている会社は多くあります。
とはいえ、就業規則に書いてあることが、そのまま賠償に結びつくわけではありません。
あらかじめ金額を決めておくことはできない(16条)
引き止めの場面で「引き継ぎをしないなら違約金だ」と言われることがあります。これは条文で禁じられています。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
あらかじめ額を決めておく契約はできません。 「引き継ぎ不履行の場合は◯万円」という取り決めは、この定めに触れます。
ただし、実際に生じた損害を請求すること自体まで禁じられているわけではありません。禁じられているのは、額を先に決めておくことです。
実際に請求が通るかは別の話
では実際の損害を請求されるとどうなるか。請求する側は、損害が生じたことと、それが引き継ぎをしなかったことによるものだというつながりを示す必要があります。
引き継ぎが無かったから売上がいくら減った、という形で示すのは簡単ではありません。人員の補充や業務の割り振りは、もともと会社の側が担う部分だからです。
言葉として出てくることと、認められることは別です。損害賠償を持ち出された場面の整理は退職代行の失敗とトラブル|起きる順に整理にまとめました。
給料を止められることはない(23条)
もう1つ多いのが「引き継ぎが終わるまで給料は払わない」という言い方です。これも条文があります。
使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
請求があれば7日以内です。引き継ぎの完了は条件になっていません。
争いがある場合の定めもあります。
前項の賃金又は金品に関して争がある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない。
もめている部分があっても、異議のない部分は払わなければなりません。全額を止めるのは、この定めから外れます。
辞めること自体は止まらない(民法627条1項)
引き継ぎの話と、辞められるかどうかは別です。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
引き継ぎの完了は、退職の条件になっていません。申し入れから2週間の経過で終わります。
引き止めで出てくる言い方条文の側の答え
- 「引き継ぎをしないなら違約金だ」額を先に決めておく契約はできない労働基準法16条。実際に生じた損害の請求は別
- 「引き継ぎが終わるまで給料は払わない」請求があれば7日以内労働基準法23条。争いがあっても異議のない部分は払う
- 「引き継ぎが終わるまで辞められない」申入れから2週間の経過で終わる民法627条1項
切り出す段取りは退職は何ヶ月前に言えばいいかにまとめました。先に就業規則の「退職に関する事項」を読んでおくと、話が短く済みます。

現実的にどこまでやるか
条文の上では義務が薄くても、やっておいたほうが自分の得になる部分があります。
- 担当している案件の一覧と、それぞれの連絡先
- 進行中のものの状態と、次に誰が何をするか
- 使っているファイルの場所とアカウントの扱い
これを書面にして渡すだけで、退職後の連絡がほぼ止まります。口頭だけだと「聞いていない」で電話がかかってきます。
時間が取れないなら、完璧なものを目指さず一覧だけ作ってください。辞めた後に自分の時間を使わないための作業だと考えると、判断しやすくなります。
有給消化と重なる場合
引き継ぎの期間と有給の消化がぶつかることがあります。残りを消化してから辞めると、その分だけ引き継ぎに使える日が減ります。
有給は先に取るほうが確実です。 消化を断られたときの根拠は退職前の有給消化|断られたときの根拠にまとめました。
引き継ぎを理由に有給を後ろへ動かされる形もあります。時季変更権には条件があるので、そちらも同じ記事にあります。
話が進まないとき
引き継ぎを理由に退職日を延ばされる、給与を止めると言われる。そういう場面では、交渉ができる相手かどうかで打つ手が変わります。
有給や退職日の交渉ができるのは労働組合と弁護士で、民間業者にはできません。違いは退職代行|弁護士と労働組合の違いにまとめました。
まとめ
- 引き継ぎそのものを命じる条文は無い。労働契約法の誠実義務の一部として扱われる
- 就業規則には書かれていることが多い。必ず記載する事項に「退職に関する事項」がある
- あらかじめ違約金や賠償額を決めておく契約はできない
- 実際の損害の請求は、損害とつながりを示す側に負担がある
- 賃金は請求があれば7日以内。争いがあっても異議のない部分は払う必要がある
- 引き継ぎの完了は退職の条件ではない
- ただし一覧を書面で渡すと、辞めた後の連絡が止まる
義務の重さより、自分の時間を守るためにやる作業だと考えると決めやすくなります。