退職前の有給消化|断られたときの根拠
「引き継ぎがあるから無理」と言われたとき
退職を伝えたあと、残った有給を全部使いたいと申し出て、「引き継ぎがあるから無理」「そんなにまとめて休まれると困る」と返されるのは、よくある場面です。
このとき押し返せるかどうかは、気の強さではなく根拠を知っているかどうかで決まります。制度の側がどうなっているかを先に確認しておきます。
原則は「労働者が指定した時季」に与える
厚生労働省の「確かめよう労働条件」には、こう書かれています。
年次有給休暇は原則として、「労働者の請求する時季」に与えなければなりません
有給をいつ取るかを決めるのは労働者です。会社が承認する仕組みではありません。申請書に「承認」欄があっても、それは社内の運用であって、取得の可否を会社が握っているという意味にはなりません。
会社が時季を動かせる場合と、その限界
会社の側にも対抗手段があります。時季変更権と呼ばれるものです。
労働者から指定された時季に休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる」場合には、事業運営との調整を図るため、使用者は時季変更権を行使することができます
ここで注目したいのは、この権利が「変更」の権利であって「拒否」の権利ではないという点です。条文の作りとして、会社は別の時季に振り替えることしかできません。
すると、退職の場面では性質が変わります。退職日より後に「別の時季」は存在しません。 退職日までの日数と有給の残日数が同じか、残日数のほうが多い場合、振り替える先が物理的に無くなります。
「引き継ぎがあるから無理」という理由は、時季変更権の要件である「事業の正常な運営を妨げる」に当たるかどうかの議論であって、有給そのものを消す理由にはなりません。
それでも会社が応じない場合に何が起きるか
制度上そうであっても、実際に会社が応じないことはあります。ここが現実の分かれ目です。
制度の説明を自分で伝えて通るなら、それが一番早い方法です。通らなかったとき、押し返す手段があるかどうかが問題になります。
報酬を得る目的で法律事務を扱うことは弁護士法72条で制限されているため、民間業者は会社との交渉ができません。伝言を往復させることはできても、会社が「引き継ぎが終わるまで出社を」と返した時点で、それ以上進められません。
労働組合は団体交渉権にもとづいて有給や退職日について交渉でき、弁護士はさらに未払い残業代や退職金の請求まで扱えます。有給が20日残っている人にとって、この違いは20日分の賃金の差になります。
運営元ごとにできることの範囲は退職代行の窓口を運営元で選ぶで整理しています。
残日数を自分で数える
交渉に入る前に、残日数を把握しておく必要があります。会社の言う数字と自分の認識がずれていることがあるためです。
確認できる場所は次のとおりです。
| 確認する場所 | 見るところ |
|---|---|
| 給与明細 | 有給残日数の欄。記載がある会社が多い |
| 勤怠システム | 付与日と消化履歴 |
| 労働条件通知書 | 入社日。ここから付与日を逆算できる |
数え方で見落としやすいのが繰越分です。
年休発生日から2年間は行使可能です
前年度に使い切らなかった分は、翌年度に繰り越されます。同じページには、就業規則で繰り越しを禁じる定めを置いても権利は消滅しない、という趣旨も書かれています。「うちは繰り越しなし」という社内ルールを前提に数えると、実際より少ない日数で交渉を始めることになります。
買い取りを持ちかけられたら
「有給は消化せず、その分を金銭で払う」と提案されることがあります。この扱いには注意が必要です。
金銭を支給しても与えたことにはなりません
鹿児島労働局は、買上げの予約によって請求できる日数を減らしたり、請求された日数を与えないことはできない、と説明しています。ただし、法を上回る日数の有給についてはこの限りではない、とも書かれています。
つまり、法定分の有給を金銭に替えることで消化させない扱いは認められていません。 一方、会社が独自に上乗せしている分については別の扱いになります。
なお、退職時の未消化分を買い取れるかどうかについては、確認した公的機関のページに記載がありませんでした。実務でそう扱う会社はありますが、当サイトとして根拠を示せないため、断定は避けます。この点が争点になる場合は、労働基準監督署の総合労働相談コーナーで確認してください。
有給が足りない、または無い場合
残日数が退職日までの期間に足りないこともあります。入社まもない場合は、そもそも付与されていないこともあります。
その場合の選択肢は次のとおりです。
- 足りない分は欠勤にする。 その分の賃金は発生しませんが、契約は申し入れから2週間で終わります
- 退職日を早める。 有給の残日数に合わせて退職日を設定すれば、出社しない期間と在籍期間が一致します
このとき退職日をいつにするかで、社会保険料の負担が変わります。手続き面の全体像は仕事を辞めてから転職するか、在職中に動くかで扱っています。
話を進める順番
- 給与明細か勤怠システムで残日数を確認する(繰越分を含める)
- 退職日を仮に決めて、残日数が収まるか計算する
- 有給の取得日を指定して申し出る。「取らせてください」ではなく「この日から取得します」
- 断られたら、理由を記録に残る形で受け取る(メール・チャット)
- それでも進まない場合に、交渉できる窓口へ相談する
3 の言い方は細かい話に見えますが、有給が労働者の指定によるものである以上、実態に合っているのはこちらです。
4 の記録は、後で第三者に相談するときに効きます。口頭でのやり取りだけだと、経緯を説明するところから始めることになります。
まとめ
- 有給をいつ取るかを決めるのは労働者。会社が承認する仕組みではない
- 会社が持つのは時季を「変更」する権利で、拒否する権利ではない
- 退職時は振り替える先の時季が無くなるため、変更権が働きにくい
- 残日数には繰越分が含まれる。2年間は行使できる
- 法定分の有給を金銭に替えて消化させない扱いは認められていない
- 制度上そうでも会社が応じないことはある。押し返せるかは相談先の運営元で変わる
個別の事情によって結論は変わります。実際の手続きの前に、労働基準監督署や総合労働相談コーナーで確認することをおすすめします。